E.JOURNAL

インタビュー

Date2022.03.31

『E.ジャーナル』はメンバーが「いま気になる人」に“学び”をテーマに取材していく、EXD.Groupオリジナルコンテンツです。記念すべき1回目のゲストは、九州産業大学商学部教授でマーケッターの岩永洋平さんです。

企業とクリエイターの求める方向性は異なる?

クリエイティブと「売上」は、相性が必ずしも良くありません。企業は売上利益の増大を目標とし、市場の原理に則して消費者を相手に、商品・サービスを売る事業を実践しています。散文的にいえば企業は、売上をあげて儲けるための事業活動をやっています。そうしないと生き残れないので、目標とする売上は企業にとって何よりも切実です。

一方でクリエイターが目標とするのは、まずは“優れたクリエイティブ”です。クリエイターが表出する音楽や映像、美術の表現は、今まで見えていなかった世界を提示します。優れた表現は五感を通じて心に届き、それに触れた人の気持ちを動かします。誰も見たことのない優れた表現物で、鑑賞者に何らかの感動の経験をもたらしたい、クリエイターはそう望んで制作します。

あたりまえですが、企業とクリエイターの求める方向性は異なる。むしろ売上を求める事業活動とは違う視点があることが、クリエイターの存在意義でもあります。ただ、企業がクライアント、発注者として現れた際には、儲けなんて知ったことではないとは言ってられない。クリエイターも売上とかかわらざるを得ません。ここでは地域産品や観光など地方の事業活動を例にとって、売上について少し考えてみます。

売上理解の3つのパターン

数字の捉え方は事業の考え方のフレームでもあります。いくつかの売上の捉え方を見てみましょう。図に示したのは簡単な3つの式です。左辺は同じく売上ですが、いずれの式を選んで事業を運営するかで結果が変わり、間違ったフレームでは望まない結果となります。

サービスでも物品でも売上は一般にa式のように、商品の販売数量と単価の掛け算で示せます。値段を決めたら、商品が何個・何件売れるかで売上が決まる。あるいは売上目標を単価で割って目標販売数を設定する。地域産品の商品開発では、このような事業計画が立てられる例も多いでしょう。

しかしマーケティングの立場はこの式による事業フレームをお勧めしない。マーケットイン・消費者志向を身上とするマーケティングでは、消費者・顧客が存在しない考え方はありえません。値ごろを考えない高い値付けのせいで商品が売れない、販売数を稼ぐために安売りが止められないなどの事態は、a式にもとづく事業運営の帰結です。

b式では客数と、複数の商品を購入した客単価が売上式を構成しています。リアルとECのモールなど流通、また観光統計で入込客数と収入を把握する際などでは、実務でもこの式が利用されます。ここでは事業のフレームに客が登場しています。施策としては、客単価を向上させる顧客への商品提案がなされうる。ただ顧客が、アタマ数としてのみ数えられている難点があります。

観光地でのいわゆる「一見さん相手」のビジネスは、b式にある客単価をむやみに高めようとする。またはもう一方の変数である客数を稼ぐために、キャンペーンやイベントを乱発してしまう。売上を客数と客単価で捉えるb式の考え方は、持続性のない焼畑的な事業スタイル、または集客の自転車操業をもたらして、地域のブランドを損ないかねません。

三陸おのや(魚惣菜の冷凍食品)、にしきや(レトルトカレー)、ラヴィプレシューズ(基礎化粧品)のブランドブック。

生涯顧客価値・LTVで売上を捉える

c式では客数が個客数と購入回数に分解されています。個客はユニーク客数です。買ってくれた客がいくら使うか、何回買ってくれるかで売上が決定する。ここでは顧客は一人ひとりの存在として捉えられており、また時間の契機が発生している点が注目されます。

一定期間の平均購入回数×客単価は顧客の「Life Time Value」生涯顧客価値です。これにユニーク客数を掛ければ期間の売上が算出できます。きちんとした飲食店や宿泊業のサービス業では、LTV概念は持たずともこのc式による事業運営がなされているでしょう。

LTVを考慮した事業フレームであれば、売上増のための施策開発目標を客数・客単価だけに頼らなくとも済みます。高頻度のイベントやキャンペーンの消耗戦、バカ高い値付けや安売りの弊を避けられる。縁のあった一人ずつの顧客にもう一度、何度でも買ってもらう商品やサービスの開発と提供によって、地域内外からの売上を増やせます。

またc式のフレームなら事業の利益率を高められます。一般に購入あたりの販管費は、初回購入よりも2回目以降購入のほうが顕著に小さいと言われています。購入回数を増やす施策で利益率の高い優良顧客がしだいにストックされると、地域産業の付加価値は高くなっていきます。

ラヴィプレシューズAPGラインに使用されている、鮭の氷頭から抽出される「プロテオグリカン」の解説。

クリエイティブの力で地域の関係人口の形成へ

BtoBビジネスや耐久消費財、ダイレクト・マーケティングの分野では、以前からc式の考え方で事業運営が行われてきました。ITC技術の発展とSNSなどメディア環境の変化により、近年では先進的な一般消費財やサービスのブランドでも、LTVに留意するマーケティング施策が広く導入されつつあります。

c式の購入回数を増やすにはどうすればよいか。施策の基本方針は3点、購買機会の設定と再購買インセンティブの提供、加えてブランドとの気持ちのつながりの形成です。

この商品はもう一度買える、続けて買えば得である、このブランドとのかかわりを続けたい。初回購入者にそう思わせることが、反復購入を促す施策の目標となります。消費者とブランドとの気持ちのつながりを作るのは、気持ちに働きかける優れたクリエイティブの役割です。そして地域の商品・サービスをくりかえし買ってくれる人たちは「関係人口」に区分されます。関係人口は、域外にあって地域をささえる人たちです。

売上把握のc式にもとづいた事業展開を1つの入り口に、人の心を動かして地域のブランドと都市の消費者の気持ちをつなぐ。優れたクリエイティブは「Life Time Value」を高め、地域に心を寄せる関係人口を形成していきます。

教授をつとめる九州産業大学の構内にて。

EXD.は、東京の広告会社にいた私がご一緒した複数のお仕事で、良いパフォーマンスを見せておられます。

広告代理店のクリエイター、スタッフは、ともすればテレビCMなど表現物の制作自体を目的としがちですが、彼らはそうではありませんでした。EXD.は、東京のクリエイティブ&マーケティング・ブティックと同等以上の、優れたクリエイティブを実現する力を持っています。それと同時に、地域ブランドの魅力を引き出すクリエイティブの力で、かかわる事業の売上を向上させ、ともに地域の企業を成長させるパートナーとしての責任感がある。

いま私は日本の西側の福岡を拠点にして、地方の企業の支援や研究、教育に取組んでいます。そして東のほうに、地域の発展にこころざしを持つ友人たちがいることを心強く思っています。

岩永さんの著書:『通販ビジネスの教科書』(2016 東洋経済)、『地域活性マーケティング』(2020 ちくま新書)。

テキスト:岩永洋平 写真:藤瀬考昭